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第二話:安息のパラダイスを求めて・・チェンライ~ラオス~サタヒップ ニュース記事に関連したブログ

2010/03/17 20:32

 

乾癬を誘発し増悪させる主因の一つは、高度に汚染された微粒子状の汚染物質である。

 

高度な大気汚染物質が静電荷によって皮膚に付着しすると微視的に傷害する。

(また、呼吸器からから取り込まれることで免疫を過敏にする)、これが乾癬体質者の乾癬を誘発し増悪させる。

 

私は、この事を自分自身を対象に深刻な大気汚染のバンコクや環境汚染のない色んな土地で実験した結果、突き止めた。


副題:

乾癬を治したいと決意して、必死の思いで、大気など環境汚染の深刻なバンコクや近郊から、皮膚や体に優しいパラダイスを探し求めて、私は旅立った。

チェンライ→ラオス→サタヒップ

 

以下のブログを、世界の 乾癬友の会 の皆様に捧げる・・・

 

第二話

(多くの写真を準備中です)

 

私は2歳のななみ達を連れて、日本から来た知人の男性(Nさん)と一緒にチェンライ・ラオス紀行へ、私の主催する海外支援医師の会 の“取材専用車“で行くことになった(イスズのバンにキャリーボーイ社のエアコン、オーディオ完備のオプションを付けてランドクルーザー風に改造したもの)。

 

海外支援医師の会は・・・

1999年に創立された時から数年間は北海道の十数か所の特別児童(=孤児)福祉施設や老人ホームなどで活動。次の写真で紹介したように色んなジャンルのプロの演芸師の協力を得て、子供たちのみならず施設のスタッフも楽しく見てくれるようにコーディネート。しかし主役はなんと言っても大学4年生を中心に振り付けも華やかなチャイルドソングの演奏会とお誕生会だった。

最後の写真のマジシャンはテレビでも有名なコタロウさん  

 

その後、海外支援医師の会は海外へと軸を移す。

舞台がタイに変わってからは主としてバンコクで、いろんな孤児施設とか、異色なところでは女児支援施設であるガールズ・ハウスなどで活動をしていた。

 

下の複数の写真はバーン・ク・ノーイでのもの。一枚目の写真は後列右からKさん(有名大卒業後訪タイ、3ヶ月でタイ語をほぼマスター。うちではHPつくりと通訳を)

次はさやか;厳しい教育パパから、当会で活動することを条件に許されて来タイ。エンジェルままとして最適な資質の方だった。3人目はラウムカウヘン大学に通いながら当会でエンジェルママなど幅広くこなす。4人目がク・ノーイ。5人目は私;このころは、当会を異色の存在として印象つけようと、奇抜な色に染めていた(笑)6人目はいろんな施設とボランティアの交渉する秘書のジャッキー。

 

 

 

 

最後の写真はx-mas society(=海外支援医師の会)コンサートを担当して来た ザ・バッチェラーのバンド演奏。子供たちは熱烈に喜んでくれた。

 

 

 

下の各写真は老日本人が孤児院として創立、その亡き後、タイ政府が支援しているドンプラティプ財団での我々の活動

 

 

 

 

1,2枚目は訪問を歓迎するダンス、次は陸軍アカデミー(音楽隊)の軍人・クワーンによる国歌と国王賛歌のバイオリンのあと4枚目のバンッチェラーのコンサートが開幕する、という図式。クワーンはプロのビオラニストの友人と一緒に当会に協力してくれていた。

 

 

演奏終了後は当会主催のお食事会で、子供たちだけではなく、近所のお年よりも招待して楽しい一時をすごした。写真はお年寄りに食事を盛り付けるクワーン

 

バッチェラーは、、忙しい演奏仕事の前の昼間ならという条件で、タンブンとして協力してくれた。上の写真は業務としての演奏の光景

                              

 ガールズハウスは、恐れ多い王族が創立した被虐待女児支援施設で、一般ボランティアは許されておらず、経歴やら資産などの証明書などを出て審査された上で やっと、大きな所長室に我々を招き入れ、かしずかせ、海外向け紹介映画を見させて、そして所長のお言葉を賜った後で、始めてボランティアさせて頂いたのだった。冷や汗がどっと出た記憶がある。

 

まあ、こういう状況で、団員だけなら10数名くらいで活動をしていたのだが、ある出来事が起きた時を境に実働的な活動から、海外邦人とくにタイに移住を目指す邦人への文筆を主にした啓蒙活動へと大きく舵を切ったのだった。

 

 

 

 ある出来事というのが振るっていた。

それは馬鹿馬鹿しいできごとだった・・・タイでは知らない人がいないというほど有名なバーン・ク・ノーイ(元看護婦さんのノーイ先生の家)へも、私は、タイ人と(ボランティアで日本から参加してきた)エンジェル・ママ達を連れて何度も慰問したのであるが、バッチェラーという名の7,8人編成のプロのバンドにも、毎回 協力してもらい子供が大喜びする歌(ミッキーマウスや、熊さんなどの子供の歌)をエンジェルママ達の振り付けつきで演奏していた。最初の頃こそ周りに住む(下層階級?)人たちも物見遊山で観劇にきてくれ協力的だったものの、バッチェラーバンドが張り切りすぎて、その演奏たるや大音量を伴う本格的なものなので、これが災いした。

 

他の施設では広大な敷地に建っているので施設や子供たちからも喜ばれこそすれ問題はなにも起きなかったが,・・・・何しろココは入り口までの20mほどの路地がリャーカーさえ入れない間口80センチ有るか無いか(両側は土の塀)と言うほどの、セセコマシく民家が密集した特殊地域であったため、或る日の慰問で演奏していたとき、近所の住人連中がウルサイといって抗議に押し寄せてきたのだ。

この施設は有名な女優さんやタレントさんがよくタンブンにくるところで、そもそも、あの有名な英国プリンセスがフランスで自動車事故で亡くなった時に同乗していた若い資産家の父親(大富豪)がタンブンによってこのバーンクノーイは創設されたのである。

 

この出来事に私はショックを受け、寄付金のお金以外は余計な世話だったのかと、痛感する事しきり。バンドをセットしたりエンジェルママ達の振り付けや陸軍のアカデミーから友情出演までセットした大作業が、馬鹿馬鹿しいものに見えてきた この忌々しい出来事を、キッカケにすることで、自分に納得させる?形で、この種の活動は辞めてしまったのだった。

 

 とは言え、すべてが、私の気持ち的に、馬鹿馬鹿しくなってしまったかというと、そうではない。某高齢日本人が創設してその死後タイ政府が支援しているお金持ちの孤児院=ドンプラティープ財団の場合などを筆頭に、クノーイ以外の多くの施設では、寄付金やお食事会などに相まって、このエンジェルママの振り付けのついたプロの演奏が評価されて色んな感謝状を頂戴したのだ。

我が会だではなく、バンド演奏に先立ちタイの国歌や国王賛歌などをバイオリンで独演したクワーンの場合は、陸軍アカデミー(音楽隊)所属の軍人ということで、敬意を表して、クワーンさん他、数人も丁重な感謝状が贈られたのだったわけで大いに喜んでもらえたと自負している。

 

次はNさんが里親をするキッカケになったミラー財団の話・・・・・・

 

この辺で元のチェンライ・ラオス紀行に話を戻そう。紀行する最初の北部タイの町としてチェンライを選んだのは・・・

日本に住んでいるNさんの娘さんが卒業したのと同じ大学出身の女性が専門用語で言うなら RM つまり、リレーションシップ・マネージャーとして、チェンライの山岳民族村でボランティア活動をされておられる。そのミラー財団(ムッニーチ・ガチョック=ミラー・ファウンデーション=ガチョックはタイ語で鏡、つまりミラーの意)のお世話で、我が友・Nさんが山岳民族の貧しい子(小学生)の里親をしていて、その里子と会う目的があったのだ。

 

村に行って見て驚いた。私がタイに来た最初の数年間活動していた孤児施設のドンプラティープ財団(ムッニーチ・ドンプラティプ)などとは月とスッポンほども違うのだ。バンクノーイでもまだまだ十倍以上も裕福に見える。なにしろク・ノーイつまりノーイ先生は、テレビなどにショッチュウ出演してはタンブンを仰いでるので、誤解を恐れずに言うなら、お金持ち孤児院なのだ。実際いろんな意味で恵まれている事は、彼女の大福さんか布袋さんのような体型からも一目瞭然だ。

 

それで、私は、ここのような村こそ真にボランティアの支援を必要としているんだな、と冷水を浴びせられたような気持ちになり、RMの彼女やアシスタントのエミさんらの熱意に打たれたのだった。興味ある方は次をクリック

             ミラー財団チェンライ支部

 

      

 

 

 

 

 

ココでのボランティアに比べれば私がしていたドンプラティープでのボランティアなんか、金に飽かした道楽の自己満足に過ぎない。バンクノーイの地域の住民からウルサイと抗議されて当然な訳。

 

まずNさんがこの村で初詣の5日間を暮らす事になると言う小屋を見に行った。驚いたのなんのって・・。広さが12畳くらいある内部は全部 黄色の粘土を固めてできていた。土壁に土床。ベッドに相当する壁に近い所に高くした部分も、土を固めて作られており、それも決してまっ平らと言うのではない。デコボコだらけなのだ。この部屋で同じような立場で来ている若者達と一緒にNさんは5日間暮らすという。頭が下がる一幕であった。

 

けれども、私は、何しろ、ほら、あの乾癬という非常に辛い病気の治験(治療実験)の目的を携えての初詣であったので、町の中のホテルに泊まる他ない。2歳のななみと、ラオスでの通訳というに任務がも控えた ななみ の母親のチャンヤー達もまた、チェンライの『非常に仲良しそうに見えた』従兄弟が嫁入りしていると言う家に泊まる事になった。

 

非常に仲良しそうに、と殊更書いたのには訳が有る。このチャンヤーと言う女は、実は誰とでも仲良しになる天才と言っても大袈裟ではないほど、何処の土地へ行っても相手を選ばずモノの1分もあれば直ぐ仲良くなる。ラオスでもラオスの大学生とNさんがペンフレンドになったキッカケの場合もそうだったし・・。

普通にしていただけでも、誰とでも(金持ち、貧乏人の差なく)仲良くなれるチャンヤーがこの従兄弟と特別“非常に仲良し”というのだから、どのくらい仲が良かったかが分っていただけると思う。旅行に行く前から毎日のように電話で、四六時中、会話をしており、それもクスクス笑いや、まるでレズの恋人と話しをしているんじゃないかと、錯覚せざるを得ないほどの大の仲良しなのだ。

まあそのお陰で、私はチャンヤー達に煩わされることもなく、一人でノビノビと、大晦日から正月にかけての数日間をホテルで すごす事が出来たわけだが・・。何しろ私のこの乾癬は、精神的肉体的なストレスでも悪化するデリケートな病気なので、北部タイのきれいでヒンヤリとした空気のなかで≪乾癬が軽快するか否かの実験≫をするには、煩わしい事を一切に排除した環境が必要なのだ。

 

 

 

                             一方二人は従兄弟とお喋りを楽しんだようだ。

下の写真は別々に行動する別れ際に夕食を楽しんだときの写真で、左から二人目が従兄弟。                                      

 

チェンライビーチと言うと、エッ、チェンライに海があったけ?と一瞬違和感覚えるが、メコン川にはビーチだけでなく島もある。この看板の向こう側にメコンがある。

                           3、4枚目の写真はこのビーチの対岸にある断崖絶壁の大きな洞窟に造られた中国寺院。

                                           

 

 

 

4人で行った花のフェスティバル

 

幸運にも出会った、この花のフェスティバルは、以前チェンマイに住んでいた頃、何度も行ったチェンマイ・ラチャプット(=チェンマイ花博)に決して見劣りしない大規模なものだった。

 

目から鼻に抜ける色鮮やかとその香りは何時までも記憶に残るはずだ。

      

 

 

 

 

 大晦日と正月3日日はミラー財団ですごすNさんを除いた我々3人と(ラオスに行く前までは我々と同行することになった)ANNさんの4人はチェンライの年末年始を楽しむことになった。私とななみはホテルで、チャンヤーとANNさんの二人はチャンヤーの従兄弟の家でそれぞれ別に過ごした。

 次の3枚の写真・・・ななみを連れてメンライ大王の前で熱気球のコムロイを揚げでカウダウ(カウントダウン)を祝う恒例の行事を見に行った。

 

 

さて、私たちは、これらの物見遊山を楽しんだ次の日に、ミラー財団に行ってみた。おやっ、誰もいない・・・

 

部落の住民に聞くと、Nさんらは、山岳地帯にある有名な国境の山岳民族村プー・チー・ファーに、ミラー財団のミニバスで行ったと言う。

 

この町は昔から、正月の初日の出を見る場所としてタイ人には知られている。タイに来た当初から私はこのことを知っていて、かねがね行って見たいものだと思っていたが地図で探すと、この村は、実に、北部タイの東の最果ての辺境にあった。そのせいで、ついぞ機会に恵まれなかったわけであるが、今こそチャンス到来と ななみ だけを連れてチェンライから150キロ離れたこの辺境へと“道に道を継ぎ足して”向かったのだった。なにしろ最果ての辺境の村なので、直線的に行ける訳ではなく、それどころか斜めに走る数十もの悪路を継ぎ足して行くほかない。

 

村からあと十キロという箇所にかかったときなど、道が急峻な悪路(もちろん土の道)となっていて、2輪駆動ではズルズルと滑るのだ。もしこれが10キロも続くのなら、もう中止にしようかと躊躇した位の悪路だ。駆動スイッチを通常走行の2Hから、4Hを通り越して4輪固定4駆の、4L走行にしてやっと走れる道だった。

幸いにして2,3キロほど走ると道は大分よくなってきた。いろんな山岳民族村を通り過ぎて、遂に私と ななみ はプーチーファーに到着した。なるほど有名なだけあって、数百かそれ以上もの車が各地から初日の出を拝もうとやって来ており村の頂上に行く入り口の検問所では非常の混雑していた。それで私はその近くにあるお土産売り場と見晴台での初日の出で満足することにした。ただ、見晴台までの2キロの道を、ななみを連れて歩いていると、大変時間がかかり事が分かり、この分では付いた時は暗くなって帰り道が危ないと判断。1キロ先の見晴台には、見物客が鈴なりになっているのが前方に見えたのだが・・・安全の為、潔くあきらめて引返したのだった。

 

 この続きと写真は第三話 をご覧ください

 第三話

 

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関連ニュース

原因が分らなかった乾癬の主因の一つを突き止める ニュース記事に関連したブログ

2010/03/15 20:17

 

主因を求めてチェンライ~ラオス~サタヒップ 第一話

 

それは(主因の一つは)、高度に汚染された微粒子状の汚染物質であった。

 

高度な大気汚染物質が静電荷によって皮膚に付着しすると微視的に傷害する。

(また、呼吸器からから取り込まれることで免疫を過敏にする)、これが乾癬体質者の乾癬を誘発し増悪させる。

 

私は、この事を自分自身を対象に実験した結果、突き止めた。


副題:

乾癬を治したいと決意して、必死の思いで、大気など環境汚染の深刻なバンコクや近郊から、皮膚や体に優しいパラダイスの地を探し求めて、私は旅立った。

チェンライ~ラオス~サタヒップ

 

以下のブログを、世界の 乾癬友の会 の皆様に捧げる・・・

 

 

第1話

私は幼少時からの持病である脊椎分離すべり症の腰痛や(頻繁に起こる)歩行困難などの多彩な症状と、更に追い討ちをかけるかの様に、高速道で追突事故に遭い、その重い鞭打ち症による項部痛と頭痛、肩から腕に抜ける突き刺すような放散痛、頑固な肩こり症などに、日夜苦しめられていた。それに気丈に耐えながら、私は、某大規模病院の、医者として又経営者としての激務を辛うじて全うしていた。これらの症状、とくに後者の鞭打ち後遺障害は、普通は年数の経過と共に次第に軽快していくと思われているが、私の場合睡眠はもとより、昼食や夕食さえも満足に取れたためしの無いほどの過労と、重い責任からくるストレスのために、軽快するどころか年を追うたびに悪化の一途を辿っており、それらが頂点に達した或る年に、私は命がけの決断の末、遂に病院を処分して引退を決意、、晴れて、と言うべきか、やっと、と言うべきか、積年の重責や苦痛から解放されたのだった。


 

私は医者を引退して病院をたたんだ後、3年くらいの歳月をかけて彼方此方に散在していた恒産(恒産があれば居住者とみなされる)を完全に処分することによって、日本の真の非居住者※となり、シンガポールプライベートバンキングに口座を開き、海外居住のシンデレラボーイ、いわゆる自由な個人投資家としての道を歩み始めただのだが、欧米の富裕層では常識になっているパーピチャル・トラベラー(=国籍国の非居住者となって、A:=所得を得る国、B=居住する国、C=旅行や人生を楽しむ国 などを、国籍国とは関係なしに、それぞれに最も適した国を使い分けて多国籍に暮らす人たちのこと)に習い、私もまた シンガポールでの投資所得と言う海外所得に対して非課税のタイタイ王国の税法に基づく)に移住した。

以下の※の青い小文字の部分は非居住者に関する専門知識につき

真の非居住者を目指している方以外は読まなくても結構です。


 納税義務を免れる目的で、海外に住んで日本の非居住者になる方法は、税額が数百万円単位までの納税者の場合は、単に役所に行き『これから何々国に居住するから住民票を抜く』と言えば、それで完了だ。申請書にその旨記入して3分で終わる。しかも国名だけで、住所さえ要らない。日本に恒産や妻・子・家屋などを残していた所で、税務署も(割に合わないので)課税しようと裏を取ったりはしない(タレ込みがあれば職務上、無視は出来ないので別だが・・笑)。


 

しかし高額所得者の場合はそうは問屋が卸さない。税務署は税金を取るのが商売、何としても税金を取りたいのだから、事実上の非居住者の方であっても、世界に悪名高い『みなし課税』と言う日本独特の所得税法の細則の省令という強引で便利な手を使って、捕獲してくるから恐ろしい。


 

みなし課税を され得ない真の非居住者になる為には・・・・

日本に妻・子は勿論の事、今まで住んでいた家・思い出のアルバムなどを、そのまま残して置いてはいけない。また一時帰国しても年に183日以上滞在してはいけない。

あなたが高額納税者ならば、アルバム一つで課税される場合もある・・・・・

・・・・・『あなたは何々国に移住していたなどと主張するが、実態1時的に海外で長期休暇、または長期滞在を楽しんでいただけにすぎない。長期休暇が終われば いずれ日本に帰ってくる手はずだった。そのことは、あなたが親類のAさんの家に、『帰国するまで預かってください』と言って、大切な思い出の品々を、日本に残していた事からも明らかだ←国税不服審判所の某審判例 。とんでもないコジツケだが、そう看做されたら、後述のように、打つ手が無いのだ。いわんや、住んでいた家を売却するとか人に賃貸したりもせずに、そのまま残して来たり、妻か子など残すのでは、全くお話にならない(笑)


 

(実例)香港に家を買い、家や妻子を日本にのこしたまま 単身、日本の住民票を抜き、香港の居住権を得て居住していた武富士の御曹司は、日本の居住者とみなされ加算税も含めて生前相続額1800億円の95%を徴収された。またハリーポッターの日本における翻訳の印税収入が3年で約60億円にもなった翻訳会社の女性社長・松岡さんは、日本の住民票を抜いた上でスイスの永住権を正式に得てスイスに住み、日本より遙かに安いスイスの所得税を払っていて、すっかり日本の非居住者になった“つもり”でいたが、何と4年目に居住者とみなされ、課税され­た。ありていに言えば、無申告加算税が3年分(4年分では時効に近づくので通常は3年)も貯まるまで“泳がされていた”わけで、結局、加算税を含めて70%近くも徴収された(スイスに払った税金分は差し引いて)。


 

松岡さんは国税不服審判所に訴えたが・・ここの審判官(裁判長に相当)も検察官役もすべて国税庁の人間なので不服が認められた例は(某誌によれば)0.1%もないらしく彼女の場合もご多分に漏れず結局、却下された。松岡さんが社長になっている翻訳会社を残したままにしていたのがその根拠だった。松岡さんがすっかり日本の非居住者になったと思い込んでいた訳は(武富士の御曹司の場合も同様であるが)、国際課税に無知か無能な税理士、または国税庁上がりの税理士(税理士国家試験の大半が免除)で何らかの弱みを握られているために媚びを売らざるを得ない立場の税理士を使っていたためらしい(以上、某誌)。税理士の資格は国税庁が所轄官庁なので、資格の剥脱も極端な話し裁判なしで所轄内で出来るためだ。うっかり,こんな輩に顧問税理士を依頼すると酷い目に遭うのが落ちだ。


 

とにかく、ミュージシャンや自由投資家など懲罰的な高累進課税の日本を離れて海外に逃避する事例が増えている昨今、税務署も神経質になっているので、海外で高額所得がある人の場合は、ホンの僅かの落ち度でもそれをネタにこじつけて来る、ということを忘れてはいけない(日本に所得がある人は非居住者であっても居住者と全く同じ納税義務があるのは当然です)


 

最初の3年間はバンコクに住んでいた

その3年目の頃、背中の腰椎(第三腰椎)の中央に直径2,3センチ程度の小さな(1ミリほど隆起した)銀色の斑点が出来た。小さすぎてまったく気にもしていなかったが、これが私の尋常性乾癬の始まりだった。


 

尋常性乾癬は銀色の鱗せつを被った大小様々の斑点が全身に出来る慢性の難治性の皮膚病で、命に別状は無く、自己免疫疾患なので感染はしないが その異様な外観のためサウナ、プールなどへは到底行けなくなる。周囲の人からエイズや伝染病と誤解されて差別されるため生活が一変する病気となるだろう。


 

以下の最初の・・・から最後の・・・までの小文字部分は、乾癬の最新の治療法など。

興味ない方は無視してくださって結構ですので

 ★■ の部分に飛んでください。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・

リンパ球T細胞が過敏になって本来なら病原微生物など攻撃するために出すサイトカインの

TNFα異常のない普通の皮膚※に対して出して攻撃する。

私が疑問を持ったのはこの※の下線部分だ。

本当に何らの異常もないのか?

何らかの異常、例えば高度な大気汚染物質が静電荷によって皮膚に付着し微視的に傷害すると

免疫が過敏な体質の人は、この部位の皮膚をサイトカインが攻撃するはずだ。斑点の周りを爪などで

掻くと、そこも乾癬の斑点になるというケブネル現象(後述)はそれを示唆している。私はその事を自分

自身を実験台にする事で明確に確認したのだった。この実験結果などは後で明らかにしていく予定だ。


 

そのため、その部位の皮膚の皮膚新生サイクル(皮膚がカスとなって剥脱してから新たに作られるまでの期間)が正常だと45日かかるのに、たった3~4日で剥脱~新生を繰り返してしまう。猛烈に速く、その部の皮膚が新生される為、皮膚が銀色の鱗せつ状に1ミリぐらい盛り上がって、次々と剥脱を繰り返す。また、その部の毛細血管は、猛烈に速い皮膚の新生に追いつかないので、その内部の毛細血管は閉じ込められるので、ちょっと爪でかいただけでも出血する(アウスピッツ現象)。、痒みは、非常に強い人から殆どない人まで多様だが、痒くて周辺を爪でかいたりすると周辺の皮膚が傷害され、リンパ球T細胞などが、同じ敵が侵入したと判断して、その部分まで乾癬が拡大する(ケブネル現象)。

乾癬の原因は、ある程度の遺伝的素因があるなどの他は、未だ余り解明されていない。

主要な対症療法として

1.最強のステロイド軟こう(副作用=皮膚の萎縮ステロイド塗布を止めた場合の増悪またはリバウンド、副腎皮質の萎縮など)、1週間で100gまで

2.角化抑制剤:活性ビタミン3の角化抑制作用を100倍に高めたもので、デヴォネックス(DaivonexREO社)などが最も優れている。血清カルシウム値が上昇するので1週間で90gまで。

3.紫外線UV-B照射も乾癬部の斑点を抑える。フィリップス社から乾癬などに専用に作られた、手の平サイズのUV-B照射機がでており、某販売会社から通信販売で何処の国の個人使用者にも送ってくれる。約8~900ドル

4.免疫抑制剤。

5.最近、日本でも早く認可して欲しいと3万人分の陳情が出されたTN阻害剤は2~3ヶ月に1回程度、点滴静注するだけ(アダリブマブの場合)で、乾癬の苦痛から開放され、本命とも目されている治療法だ。しかしながら、本来、病原菌や異物を攻撃する大切なリンパ系免疫システムの一部を抑制するので、(4.の)免疫抑制剤もそうであるが、重篤な感染症やガンを誘発して死亡した例があるので医薬行政も認可するには至っていない(欧米では、患者が多いのと大人の国民性として自己責任の鉄則が貫かれている等の理由でかなり以前より認可されている)。私のは軽症の部類に属する上に、この病気は外観の苦痛だけで生命に別状はない病気だから、到底使う気にはなれない。

6.この外、ストレスを避けて睡眠を充分にとり、禁煙と酒は控えめにして、欧米流の肉食中心の食生活を野菜中心に変えると良いとされるが(欧米人の罹患率は5%。それに比して日本人は0.5%)。最近、1日に5グラム以上の魚脂由来のオメガ3系の脂肪酸であるDHA,EPA含有のサプリメント(さんま、さば 換算なら4~500g)を摂取すると効果があると報告されている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

しかしながら幸いにも、私の場合は、発症後直ぐ偶然にチェンマイに引っ越したのだが、チェンマイにいた3年間の間、全く薬も使わないのに何故か、背中に出来た斑点が1つだけのまんま、悪化することもなく、3年間ずーと そのままの状態だった。時おり、他の部分に非常に痒い、1ミリ程度の小さな赤いポツポツが出来る事があったが、数日で消失してしまう程度だっだ。


 

その後 子供が出来たので、子供を日本語幼稚園に入れる目的から、再度バンコクに戻ることになり、日本人駐在員の多く住むスクムヴィット地区の外れのエカマイに引っ越した。

すると、1年半経過後に突然、胸からお腹、両足、背中に赤色と銀色の大小様々の斑点が散布したように発生し始め、それは日増しに酷くなって行った。最初の頃はスクムヴィット病院で投与された(副作用も強い)最強ステロイド軟こう(デルモベート)だけを塗るしかなかった。私は、もっと良く効くデヴォネックスとの併用を望んだのだが、三十そこそこの、美人だが無愛想で、一見 軽薄そうな女医から、『これより良い薬はない』と思う、と冷たそうに言われた。それで、タイで最も大きな皮膚科病院である国立皮膚科学研究所の付属病院の存在を、藁(わら)をもすがる思いで探し当て、そこならばデヴォネックスが手に入るに違いないと、行って受診したのだった。その目的は、単に(アダリムマブなどの抗TNFαを除いたら)最も良い特効薬とされるデヴォネックス軟膏を手に入れることにあった。

その理由は・・医者としての心得のある私にとっては、この病気の治療は病院での指導で治す、と言うよりも、良い薬がほしかったからだ。そのころ私は、ステロイド軟こうだけでは、どうにもならず(連用すると皮膚が萎縮するし、止めると増悪する)、この特効薬を何とか手に入れようと、大きな薬局を何店も何店も車で回って探しに行ったのだが、特殊な薬のため何処にも置いてはいなかったからだ。


 

で、その付属病院に行ってみて驚いた。

夕方の部の診療を受けに行ったのだが・・・すでに、その夕方診療(5時から)を受けようと同じ乾癬の患者さんも多々雑じっている2百人以上もの人々が、門前に市を成す、かの様に並んでいたのだ。 バンコクにはこの種の皮膚病がとくに多いんだな、と私は感じた。


 

私は並んでから、3時間も根気よく待っていたが、私の前には未だ百人以上もの患者が・・・。参ったなぁ!これは地獄だ、これでは診察が何時になるか分らない、などと思い始めた丁度そのとき、医者としての常識から、あるアイデアが閃いた・・“大きな病院のそばには、その病院で使う薬を置いている処方箋薬局が何軒もあるものだ”当然 特殊なデヴォネックスも置いてあるはず。

そう狙いをつけて病院を出て近くを探すと・・・・ピンポーン!ばっちり的中。

アルわアルわ、大きいものだけで、3軒も有った。その内の一軒に入ると店員の一人が すかさず私に何が欲しいのかと聞いてきて、ああこれねと言う風にまるでそこらのカゼ薬であるかのように、すぐ目の前にぽんと出して来るではないか。

数ヶ月間の間 乾癬の軽快を冀(こいねが)って、探し求めたデヴォネックス。これを何んとまあ、雑作なく出してきたわけだ。こちらとしては、息を呑むように、いや清水の舞台から飛び降りるような気持ちで『デヴォネックスはありますか』と尋ねてたのに・・。価格も30gで550バーツ。ライセンス生産の日本の帝国製薬のドボネックス(タイではグラム160バーツ)より本家のスイスREO社のデボネックスの方が遙かに安い。(なお、3軒とも同じような値段だった)

むろん、それと併用すると相乗効果が増すデルモベートも置いてあり、これなど、スクムヴィット病院で投与された価格の4分の1の安さ(ス病院では100g入りが3000バーツ=診察料代など含まない薬だけの価格=なのに、これらの薬局ではどこでも700バーツ以下)なのだ。私は喜び勇んでそれらを大量に購入したあと、私を苦痛から(かなりの程度)解放してくれるであろうと期待された この特効薬にめぐり遭えた幸福を祝う乾杯を、チャオプラヤー湖畔のシーフードレストランで上げてから、10時頃 帰宅した。

すると暫くして付属病院から携帯に電話があり、あなたの番です速く診察室に入ってください、と。時計を見ると何とまあ、10時半を過ぎていた。私は相手の看護婦に、

『 すみません、急用が出来たのでキャンセルさせて頂きました。また次回に行きます』と嘘をつかざるを得なかった。真実を言えば、気を悪くするだろう。


 

以下、第2話に続く

 

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第3話:ラオスの険しい山々と国境を分けるプーチーファーで初日の出 ニュース記事に関連したブログ

2010/03/15 20:10

 

 副題:大気汚染のない安息のパラダイスを求めて私は旅立った・・チェンライ~ラオス~サタヒップ

 

 

 Nさんをミラー財団が支援する山岳民族の村に残して別れてから丸三日、楽しいチェンライでの ななみの冒険も あっと言う間に終わった。

その翌日、私は ななみを連れてミラー財団に行ってみると、おやっ、誰もいないじゃないか。ミラー財団は、もぬけの殻だ。正月だから当たり前かなと・・・

そう、思いつつ、部落住民に聞くと、大晦日のカウダウのパーティーの席にいた白人参加者達やNさんらは、山岳地帯にある有名な国境の山岳民族の村プー・チー・ファーに、ミラー財団のミニバスで行ったと言う。

この町は昔から、正月の初日の出を見る場所としてタイ人には知られている。タイに来た当初から私はこのことを知っていて、かねがね行って見たいものだと思っていたが地図で探すと、この村は、実に、北部タイの東の最果ての辺境の高い山の頂上ににあった。この辺りは、険しい山岳国ラオスと国境を分つだけあって、高峰が連なっており、私はこの村が、あたかも雲の間にあるかのように感じられた。下図は北部タイの中でのプーチーファーの位置を示す。

                                          

 

タイでは、辺境の地には、人種的にはタイノイ(小さいタイ人)という正統派タイ人から、政治的にも制度的にも著しく差別されているタイヤイ、アカ、リソ、カレン、モン族等の被差別民族が非常に多数住んでいる。彼らの収入としては国策でやっている例えばカレン族の村に入るときの入村料の半分とか、高い山岳地域でも採れるリンチーなどの果樹園での収穫の季節に、日当一人100バーツで集められて収穫業務に就く仕事くらいしかない。

彼らは、オンボロのバンの荷台に ぎゅうぎゅう詰めで載せられて急傾斜に植えられたリンチーなどの果樹園に借り出されるのを、私はこの目で見た。

私は3年前に取材に行った時には、オンボロのバンがエンコした時、乗せられて帰宅する途中だった日雇いたちを我が方に乗せ換えてあげた事がある。年齢層は30歳台から5、60歳台までの男女。

若い男女がいないのは、若い間にしか出来ない高収入の風俗業に出稼ぎに行っているせいだ。ただし、彼らは部落に住む場合だけ居住を保証されており、そこから他の地、例えば風俗の仕事があるチェンマイなどに行くのは許可が必要だ。

全指の指紋を取ったうえ、彼らにしたら大金の数百バーツもの手数料も払って、やっと1~3ヶ月の許可がもらえる。このように悲惨な生活をしている数多くの山岳民族でありますが、プーチーファーの地図を出したついでに、海外支援医師の会がかって取材した、かれら被差別民族と関係した邦人たちの冒険譚(の標識だけ・・内容は別ブログにて)を同じ地図に書き込んで見ました。

         

この最果ての辺境プーチーファーにチェンマイやバンコクから行くのは大変だ。そのせいで、過去9年間、ついぞ機会に恵まれなかったわけである。

で、私は今こそチャンス到来と お腹にグッと力を込めた。

私は、チャンヤーとANNさんの二人を従兄弟の家に残して、 ななみ だけを連れてチェンライから150キロ離れたこの辺境へ向かうことにした。といっても楽々と行ける訳ではない。“道に道を継ぎ足して”の延べ34時間ものドライブだ。なにしろ最果ての辺境の村なので、直線的に行ける訳ではなく、それどころか斜めに走る数十もの悪路を継ぎ足して行くほかない。

村からあと十キロという箇所にかかったときのことだ・・・道が急峻な悪路(もちろん地面を掘り返しただけの道)となっていて、2輪駆動では急峻すぎてズルズルと滑るのだ。しかしタイ人ドライバーの場合はマイペンライ性格なのでトヨタのハイエースなどのタマダーの車でも、お客を満載して平気で行くようだ。

私は、もしこれが10キロも続くのなら、もう中止にしようかと決意した。

幼児を乗せていることもあり用心深く、私は、駆動切り替えスイッチを通常走行の2Hから、4Hを通り越して4輪ともに固定の4駆=4L走行にして恐る恐る走ったのだった。

                                        

幸いにして2,3キロほど走ると道は大分よくなってきた。行く途中には、いろんな山岳民族村があった。その一つに立ち寄って撮った写真が次

                                        

それらを通り過ぎて、遂に私と ななみ はプーチーファーに到着した。



 

なるほど有名なだけあって、数百かそれ以上もの車が各地から初日の出を拝もうとやって来ており村の頂上に行く入り口の検問所では非常の混雑していた。

                                        

それで私はその近くにあるお土産売り場で太陽を拝み、その横の登山道から2キロの見晴台での 

”初日の出”ならぬ≪初日の入り≫ 

で満足することにした。

下はお土産もの売り場に立つ ななみ


 ただ、見晴台までの2キロの道を、ななみを連れて歩いていると、ななみ の足では大変時間がかかる事が推測され、この分では見晴台に付いた時は暗くなって帰り道が危ないと判断して1キロのところで潔く中止して引返した。この潔さには、以前、カオヤイ国立公園でへウナロックの滝(地獄谷の滝)を見に行ったときの怖い経験が物を言っている。

 

あの時は・・・へウナロックには遅く着いてしまい、日が暮れるサンセットまで約20分前だった。難しいかも知れないが、折角来たのだからと、皆の反対を押し切って無理をしたのだ。高々1キロの距離だ、駆け足で行って駆け足で帰れば間に合うだろうと安易に考えた。走り出して半分まで来たとき狭い通路は歩き難く、非常に険しい階段が何箇所もあり、電灯一つ点いているでなし・・これは下手すると真っ暗闇になって帰れなくなるかも、と思った。

焦って出ため懐中電灯も海中電灯の代わりになる携帯さえ持っていなかった。帰れなくなっても連絡さえできない。

 

しかし私は、帰るべきか続けるべきか悩んだ末に、続行を選んだのだ。自分の計算では・・さらに早や足で走ればあと4分で到着して1分で写真を撮り、8分で戻れば危険ではない、と考えたから。そして、深く早く意識的に呼吸しながら ひーひーはーはーと息咳ききって、走って行った。険しい急峻な階段は手すりの鉄パイプに腕をガッチリ回して落ちないようにしつつ駆け下りた。

現場に着くや40秒位で数枚写真をとり、今度は、踵を返して心肺をドッキンドッキン、ゼイゼイ言わしながら見事暗闇になる前に辿り着いたのだ。

なんて馬鹿なんだ?(笑。でも半分は肝試しの気持ちも あったんだもん)

 

滑り込みセーフではあっても、それは恐ろしい経験で、深く反省したのだだった。

この間の経緯を含め、そのときの恐ろしげな暗闇に青白く映えるへウナロックの滝の写真は後で出てきます

 

次の写真は、半分ほど行った地点で撮った見晴台の写真。見晴台には見物客が鈴なりになっている

私は、ななみの安全の為、潔くあきらめて引返し、お土産物売り場での初日の入り こと 私にとっての”初日の出” を楽しむことにした。


 

 

 

 

 

 

 

 

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怠惰なタイ人と勤勉な日本人が一緒に暮らした喜劇のような悲劇な日々 ニュース記事に関連したブログ

2010/02/28 01:51

 

教育を受ける機会もあったのに、受ける意欲に全く乏しかった或るタイ人と、180度全く逆だった或る日本人の、一緒に暮らした悲劇な日々の、或る日のお話です


 

■私は、タイ人が日本人と全く違う国民的な性格上の特長※­=マイペンライ(何事にも気にしない、つまり逆に言えば、突き詰めて探求する忍耐力も精神力もない)などの特徴を持っていることを、以前から9年の歳月をかけて思い知らされてきた。それは・・詰まるところ、《怠惰と享楽、酒と踊り、嘘と誤魔化し》に尽きるのである・・・

と言えば言い過ぎかもしれない。しかし、どの国の国民も長所と短所を合わせ持っているのであって、日本人から見たら、何事も気にしないという、忍耐も根性もないと思われるその性格そのものが、同時に長所でもあるのだ。

すなわち、何事に対しても気にしないマイペンライな性格は、その対極にある何でも深刻になりすぎる日本人には、爪の垢を煎じて飲ませたいくらいの長所である。また、タイ・ルクトゥーン音楽と、その一糸乱れぬハイテンポでリズミカルな踊りに代表されるように、日本人に真似が出来ない優れた芸能性と動的性能などを有している等、長所は多々あるのである。


 

■今回、またも思い知らされたのは、こちらは、悪い方の《怠惰と享楽、酒と踊り、嘘と誤魔化し》の性格である・・・今日はその話しをしたい。

自分の難治性の乾癬が、実はバンコクの深刻な大気など環境汚染が色濃く影響している事を突き止めたので、空気も水も、全く汚染されていない土地で、しかもその上パラダイスのような土地を見つけてちょっと前に引っ越したのだが、それには口では到底言えないような苦労談があったのだ。


 

引越すに当たっては、最初は実はこう思ったのだった・・

9年間で買いに買って積もりに積もった各種各様の家財道具をリサイクル業者を呼んで『一切合財を処分』しよう、身一つになって身軽になろう、そうすれば、引っ越した先が嫌になったり、また今住んでいるタイと言う国や人が嫌になれば(笑)悪い冗談ですね・・・豪州とかハワイ、または 趣向を変えて中国人のパラダイス:海南島(ハイナンタウ)など、好きな行きたい国・地方に楽々と引っ越せる。、これって、なんと幸せなことだろかと・・・。

思うに、この3年間は100坪もある10階全部を借りて沢山の家財道具を買い込みすぎた。チェンマイで使っていた家財も合わせると、どこへも引っ越すことが出来ないくらいの物量になっていた訳だ。


 

そこで引っ越すに当たって彼女に説明するに当たり上記の様な魂胆は伏せて『一切合切を処分したい』と言う部分だけを話した(性格悪いね)。すると彼女は物凄い意気込みで、『田舎の実家に上げてよ』という、非常に嬉しそうに。実家のほうでも、大喜びのご様子だ。


 

私もそれを聞いて、この身一つになれるぞ!何処にでも好きなところにいけるぞ!と

大きな希望が沸いてきたのだった。そして・・・その日から私は、ガッツ石松の化身と化して、おびただしい家財道具の整理と梱包と言う大作業に、蟻の如く、精を出し始めたのだった。


 

運送屋はタイ人には有名な、ニム・シーセンという凄く大きい会社を使うことにした。

ニムシーセンは荷物が壊れようが、紛失しようが、一切責任を持ってくれないが、日系の3分の一から4分の一と言う安さが魅力だ。

前にチェンマイからバンコクに引っ越したときなど、自転車は壊され、本棚の足元のキャスターは付け根の板もろとも壊され、タンスやベッドは傷つけられるはで、大変な損害だった。二度と使うまいと思っていたのだが、今回は事情が事情だから、また使うことにした。今回は自分が使うわけじゃないし安い方がいい。えっつ?性格悪い?

いや、そうでもない・・誰でも、自分の分は大事にするがクレテやる分は気を使わないのが自然の道理で・・現に、進化の歴史上、動物の大先輩の植物が非常に大切な子孫つまり種(たね)を動物に運んでもらうという重要な時でさえ、そのお礼としては、栄養があまりない、甘い成分の糖が主で、ビタミン・ミネラルなど野菜に比べて10分の一といわれる果物や蜜くらいしかプレゼントしないではないか。


 

そうは言っても、やはり差し上げるとなれば、自然と良い状態で上げたい気持ちが芽生えてきて、壊されないように念入りに1週間もかけて梱包などしたのだった。その情熱の奥には、先程も言った様に、この身一つになれて何処へでも自由にいける、という夢があったのは間違い無い。


 

引越し先にもって行く自分用の引越し荷物は300冊はある本とか、台所用品とかが主なので、小さいトラック1台で十分だった。パソコンなど精密品などは、壊される可能性が大なので、自分のバンで運んだ。

一方、田舎の実家に差し上げる方は、大きいトラック1台でも難しいほどの物量だ。

家財道具(真新しいベッドwとsの2セットとかソファとか、世界中の衛星放送が只で見れる衛星追尾式ダイナーサット(パラボラアンテナと受信設備)

よくも、こんなに沢山買い込んだものだ。こんなにも有ったら、ポンと捨てることも出来ず、何処にも行けやしないわ。

その時の便利の為だけに、何と愚かな買い物をしたのか・・。


 


 

  • 私の引越し先へ行くトラックは、イスズのバンを横へ左右20センチ広げて、上へ1m高く伸ばしたタイプのもので、バンコクから近い事もあり2人分の人足も含めて3000バーツの安さ。

一方 実家用のは、中型トラックで人足4,5人分を含めて13000バーツ。

3年前チェンマイからバンコクに引っ越した同じ会社の同じトラックと比べたら4000バーツ値が上がっていた。それでもバンコクからチェンマイに6年前に

引っ越したときは日通を使ったが料金が超大型トラックだったせいもあるが5万バーツ。これを思えば燃料代の値上がりを考慮すれば、やはり大した 安さだ。


 

最初、見積に来た男性は実家へのトラックと当方引越し先へのトラック2台を同じ時刻に来させると言ったが、私は彼らの注意能力はいくら注意したところで、あっちのがっちに、こっちのがあっちに行ってしまうのが落ち、混がらかるが関の山と長年の経験で判断、まず私の方の小型を先にして、その作業が終わってから中型を寄越せと明言した。


 

それなのに実際には・・・

あれだけメーテン用と当方用をハッキリとタイ語で明記して口頭でも指示を与えたのに、

当方へのダンボール3個分が見当たらない。メーテンへ行くトラックに積み込まれたのか?それとも、私の引っ越し先へ行くすずの運転手が、同時に車で出た私より1時間も遅れて着いたのだが、彼らは、途中で警察に捕まって罰金を取られたから遅れたと弁解したがそれでは遅れすぎだ。本当は途中で荷崩れしてダンボール2個分を落として壊れたり散らかったりで、当方に怒られるので、打っちゃって来たのかもしれない。


 

実は3個のうち1個はメーテンに行っている事が分った。

以下、お話しするのは残りの二個もメーテンに行ったのか否かを確認するときに起きた家庭内のドタバタ悲劇、いや むしろ喜劇だ。

これが、実は本日のテーマ・・・

私はチャンヤーにメーテンの実家に電話を架けて当方用の段ボール箱二つがそちらに行っていないか調べてもらってくれと、言ったところ、最初の間は普通の気性で実家の母親に、間違われた可能性のある荷物の特徴などを相手に伝えて確認して呉れていた。その時間たるや僅か4,5分だけ。これが彼女の限界、もうそれ以降は、いかにも打っちゃりたい様子が顔の表情にありありと・・。相手の声は聞えないので彼女の声だけで判断すると、相手がチャンヤーの説明するダンボール内の物品が何なのか理解できないのか、あるいは未だ開封していない5,6個分の段ボール箱の中を、電話で、今、開けて調べて欲しいと言っても母親が不精のため、そうしてくれないのか、私には分らないのだが・・次第に彼女は私の何が入っているか調べて欲しい、と言う要求に凄い剣幕で怒鳴り返すだけになった。

ギャーギャーヒステリックな声になって、しまいには、絶叫するような野蛮な態度で私をなじってくるのだった。そして、『ソンクランで帰省したとき、調べれば良いじゃないか』と、捨てぜりふ を吐いて逃げる。


 

私が『ソンクランまで2ヶ月近くあるんだから、それでは困る、簡単な事なんだから、もっと ちゃんとダンボールを開いて中身を確認させて欲しい、と尚も食い下がると・・・これが、まるで集団のガチョウが小突かれた時に見せる、あの物凄い抗議の叫び声のように、金切り声を上げて食って掛かり『じゃあ明日にでも、メーテンまで調べに行く、それで良いでしょ!』と大声で、理不尽な事を言い張る。


 

やれやれ、何て奴だ。私は溜息が出て諦める他なかった。こんな簡単な事さえ難しいとは・・・。

そういうときの、野蛮な剣幕の顔や表情をつくづくと見ているとき、9年前に私がタイに初めて移住する前に心で求め描いていたものとは、まるでかけ離れたものだと悟らせてくれるのだ。そんな時こそ、逆に私はしみじみとした悟りに近い孤独な境地と『ドボルザークの新世界』の味にもに似た甘いフィールに浸れるのである。

人間万事塞翁が馬(にんげん、ばんじ、さいおう が 馬)

今の不運は、必ず数年先の、もっと より大きな幸福となって帰ってくる。いや、そうさせなければ うそ だ。長年日本で苦労に苦労を重ねてここまで生きてきたんだもの。

ソクラテスは“不肖の妻”のお陰で哲学者になれたのである。

この人に 感謝、ありがとう・・・こころから。


 

住めば住むほどタイ人の特徴が見えてくる。

タイ人女性は、タイのドラマを見ても分るとおり、憎い相手を大声で罵倒したり引っ掻いたり、と気性が非常に激しいのが特徴だ。恋人などから無理やりセックスをさせられた場合など、性器に噛みついて切断寸前まで行った例とか、マサカリで男を殺してしまう例など事欠かない。


 

逆にダンナや彼氏の方は一般的に言えば女性よりは無口で、その代わり、異常な男の場合は、発作的に拳銃で射殺したりと、これまた激しい。

タイ人女性に怒鳴って解決しよう,等と思ってはいけない。怒鳴り合いではタイ人女性の方が遙かに優る。生まれつき性格が激しいのだ。


 

あくまでも一般論だが、タイ人に、もし怒鳴ったりすれば・・・

日本人のように、喧嘩を避けたいという気持ちからグッと我慢して耐える精神的能力が

非常に少ないので、精神的に物凄く傷が付き、どんな行動に出られるか保証の限りで無い、と心得よう。


 

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タイなどに移住する際の主要な問題点と解決法! ニュース記事に関連したブログ

2010/02/14 05:41

 

 

手続とか書類など様式上の問題は別項で扱うとして、今回は、私が主催する海外支援医師の会に、退職者ビザを取ってタイに移住したいという日本の高齢者の方からのプライベートな問題(一緒に暮らす相手、本国のしがらみ等の処理)について扱わせていただきます。

 

今回の方の問題点は、要するに次の通りです。

 

『移住したい』

けれども、

問題点1

『住んでいる日本の現住所には、まだまだ、色んな しがらみ やら処理すべき事柄が一杯で、事が中々進行せず、タイと日本を往復するどっちつかずの状況が続いています』

問題点2

『移住前に予め、現地の伴侶もある程度は可能性を確認しておかないと心配。一人では とても寂しいですから』

 

『どうしたら良いか教えてください』

 

 
 問題点1への
 アドバイス
私は、この方(知り合いです)の質問を受けて、なにか物足りない思いがして、ちびっとガッカリしましたよ。
そんなことでは、いつになってもタイに移住などデキマセンよ。
 
■あなたは今○○歳です。歳月はあっという間に過ぎ去って行きます。極端な話し、5年など一瞬ですよ。私の場合9年がさしたる満足感も無いのに過ぎ去りました。初めてタイに長期滞在したときの日がつい1年前のように感じます。子供時代とか若いときと違い、高齢者の時の流れ方は数倍早いと、物理学者で随筆家だった寺田寅彦も申しておりますが、まさにその通りです。
 
寺田寅彦は経験的に書いただけでその根拠は述べませんでしたが、私にはその根拠は明白です・・・高齢になると脳細胞はどんどんアポトーシスで死んで少なくなって行きます。特に記憶野の脳細胞が死んでドンドンへっていくと、時の流れ方が早くなると感じるのは、『子供時代なら、1年が1兆個もの記憶野の脳細胞で処理していたのに、高齢では、例えば0.1兆個に減ってしまう為、1年間分の時間の記憶として、僅か10分の一しか記憶しか残せない。それで、10倍も早く時が流れてしまったと感じる訳です。
 
絶対的時間は子供も老人も同じですが、その時間記憶を引き受けている記憶素子が10分の1しかないと どうなるでしょう。例えば、蝶々が、さなぎから蝶々に生まれ変わる現象を1万コマで撮影した場合と10分の一の千コマの場合を比べて見ます。
 
これをどちらも1コマ1秒で再生しますと前者は再生が1万秒=約2.8時間も続きますが、後者は1000秒=0,28時間しか続きません。これと同じ原理で、時の流れ方は、高齢になればなるほど、絶対的時間と違って、早くなることが分かって頂けたるでしょう。
 
■高齢者になると(いや、今でも充分高齢者ですよ)、タイなど東南アジアといえども若い女は、全くの金目当てだけの女しか寄り付きません。
女だって、男程ではないけれど、若い相手が良いに決まっており、普通の感覚を持った(純情な)若い女は幾らお金を出しても来てくれません。来てくれるのは高額のお金だけを狙ったヒモ(一度獲物をつかんだら絶対にはさないので、ヒモの事をタイでは同じ生態の水生昆虫であるメンダー=タガメと言いいます)、そうそんなヒモ付きの美人か、または40歳以上の生活費とか子育ての為にお金が欲しいだけの女 しか来ないはずです。
 
■東南アジアでは、言葉の余り通じない外国人の高齢者の魅力はお金だけ(言葉がネーティブに通じれば別です)。お金だけで良いと言う女性でも、特殊な女しか来ません。
なぜなら、純情な女はお金では来ませんので。私を見れば分るでしょう。私はお金なら全く大丈夫。幾らでも使えます。良い女が”本当に好きで”来てくれるなら、お金は幾らでも惜しみませんよ。それなのに、現実は、どうでしょうか?
さっぱり駄目です。
 
■毎日、相手と当方の、恐ろしいほどの格差のある常識・文化・習慣・教養ないしは教育のレベルの違いなどからくる衝突。
相手の言う事がまことに蒙昧で不合理な事であっても、あんたはタイにいるんだから、タイ人に従えと、言う訳です。
 
それを 納得いかないからと思って、あなたの方が間違っていると合理的に主張しても、彼らは聞く耳を持って呉れません。こっちが、あくまでも、それは間違だ、迷信だとかと主張したりすると、タイの田舎の人々(両親や親類)の誇り高いプライドが傷つけられるのか、『フンフン』とバカにしたような笑いを浮かべて鼻を鳴らしてから、、大きな声を張り上げて、訳の分からぬ方言で罵倒してくる。
で、しょっちゅう、怒鳴り合うことに!
 
■努力して医者になり、30年間もの間、240床の病院を必死になって経営してきた最高学府の出の男が、こんなテイタラク!なんです。
もう、逆に笑ってしまいます。
10年早くタイに来ておれば、良かった、と今になって後悔しても、もう遅い。もっと早く病院を譲って未だ何とか若いといえる年齢で来ておれば・・・。
教養や常識が同じ位と言わないまでも、理解しあえるの程度の人間と出会えていたなら・・・平和で もっと楽しい今を過ごせたかも。
 
10年若く、早くこれなかった最大の原因は、正直に言いますが、そのころの毎月入ってくる莫大な収入に対する未練です。勿体無いという執念にも似た お金に対する執着心でした。
しかし、今では、お金はある程度以上ある人ならば、それ以上いくら有っても、幸福にはほとんど無関係・・・そう悟りました。
 
■純情な若い女はお金がいくらあっても高齢者には興味が無い!・・・明々白々なこの真理は、男である自分の気持ちで高齢者の女性が好きになれるか、どうかを考えてみれば、一目瞭然で、直ぐ分かること。
 
ここで田原(仮名)さんのことを思い出しました・・・
以前、田原さんという○○歳の高齢の方がミャンマーのヤンゴンで持て持てだと言う話をしましたが、ミャンマーのように貧しい国では若干タイ女とは違います。
また、この方の場合は、○○歳と言う最高齢者でも、スレンダーで、長身(180センチ)で、皺も殆ど無い、まあ、未だ遙かに若い私から見ても、カッコいいなと思わざるを得ない、そんなシャンな方でした。私らでも、シャンな服を着てそれなりに身綺麗に見繕いすれば、ミャンマーとかラオスなら、最高齢の○○才近くになっても、それなりに努力すれば純情な女性のハートを掴めるかも知れません・・ただし、その場合でもこれらの国では長期滞在ビザがタイヤフィリッピンのようになっていませんから、どうしてもまずタイに住む事が前提になるのです。
 
要するに何をアドバイスしたいのか?
 
時間の流れは高齢者の場合、若い時代の10倍も早く 進んで行く。
そのため、最高齢の○○歳などマダマダのように見えても、本当は直ぐ目の前にある。若い時代の10年間ではなく、せいぜい若い頃の2年分の価値しかない事になってしまうんです。
○○才にもなると、40以上の女性以外は、若い純情な女性の心をつかむのは殆ど困難になってしまう。○○歳になれば、伴侶がいない寂しさを慰めても貰いたいと思って、お風呂屋さんに行っても、露骨に嫌な顔をされるかも知れません、場合によっては、たった今、○○○になったので、という口実で、体良く、拒否される事もあります。高齢者のニオイが嫌と言うわけです。
 
そもそも、○○才にもなれば、田原さんのような精力満々なかたなら兎も角、普通の男性は性の欲望そのものが消失して、バンコクで中堅のホテルを経営するの本田(仮名)さんが 自ら何度も仰るように、『毎日生きているのが辛い』『早く死にたい』状態にさえ、なってしまうでしょう。
註:後者のお言葉は冗談でもなさそうです。と言うのは・・
私『そんなこと言っても本当は長生きしたいんでしょう?』
彼『いやいや、本当に早く死にたいんだ』と申しておりましたから。実に考えさせられる お言葉です。
 
問題点2
『予め伴侶を決めるとまで行かないでも何とか約束(伴侶の約束)見たいな事は予め取れませんか?一人では寂しくて、何かしらの約束だけでも取り付けてからでないと、不安で行けないんです』
アドバイス
まずタイに長期滞在の資格を取って、住んで見ないことには、伴侶になりそうな人を見つけようもありません。
それはハッキリしています。女が出来てから引っ越すと言うのが一番都合がいいですが、それは主客転倒。
 
住んでお互いに見知りしない事には、好きになる心の芽生えようもありません。それを住む前から便利に取り付けておこうと言う人は、結局、プロのタイ人女性と悪徳日本人が組んでやっている結婚相談所の世話になり、騙されておしまい。
 
100万バーツも払って一緒になったは良いが、1年もせぬうちに喧嘩等を口実に別れることになっちゃう訳。これは最初からの予定で、本人はまた元の結婚相談所に帰って、次の獲物を待っております。 
 
■問題点1に関連する事ですが、ここでも再度、言いたい・・・
日本にシガラミやウザッタイ人間関係とか処理すべき事柄とかで未練があって踏ん切りがつかないなら、むしろ諦めた方が良い。それでは、タイには何時までたっても住む事はできず宙ぶらりんになってしまうから。
 
■以前も言ったように、私は、デカイ物件(高額物件の宅地)や3件のマンションを必死の努力の末に買い手を見つけて、叩き売って、来たのです。
マンションなどは毎月の管理費支払いも馬鹿にならないし、40年間も続く面倒な固定資産税の支払いも馬鹿高いし、大手の賃貸住宅に集金とかメンテナンスとかを任せて賃貸に出したとしても、将来、何が起こるか分からない・・などの理由でキッパリと叩き売ることにしたのです。購入時の価格の30%の値段で3件纏めて買ってくれる会社などが申し出てくれた時は、(相手も大喜びでしたが、実は相手以上に私の方こそ)地獄に仏と、感謝しましたくらいです。
 

■移住すると決めたなら、日本を一切すててこそ、異国で身を立てそこをパラダイスにすることができましょう。

 

家をどうするとか、腐れ縁の相手をどうするとか、あれやこれやで悩んでいるだけなら、絶対にこれない、と断言します。勇気と決断を持たないなら、何時までもどっちつかずの状態で、「気が付いたら○○歳になっていた」、と言うことになるかも知れません。もし私が9年前に、「こんな不動産物件の事で、勿体無いから、もうちょっと高く買ってくれる会社を待ってみよう、などと思っていたら今でも日本とタイのどっちつかずに終わっているはず。

 
タイなど男らしい人生を決めてみよう!
そのためには より良い夢の実現の為に、男らしくすべてをキッパリと勇気を持って決断して処理しないといけません。
 

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恋人に優る癒しの歌と笑顔ならタイ・ルクトゥーンこの逸曲! ニュース記事に関連したブログ

2010/02/13 20:06

 

失恋中や幼くして親を亡くして沈みがちの貴方を、そして、すべての人々を、

 

 

 

Joy Siriluck

  

タイポップス界のプリンセスであり、女優としても親しまれている

Joy Siriluck

  

美人ではあるが セクシー派と言うよりも、むしろ性格美人に属する癒し系シンガー

 

母親などを亡くした昔日を想って哀しい時、 優しい旋律で癒されたいならば、

 

この一曲

 

 

失恋などで暗い心と一緒のあなたの目が潤んできそうな時、 優しい笑顔で癒されたいならば、

 

この一曲 

 

 

たった、それだけで、きっとあなたの心は 鮮やかに晴れるはずです。

 

そして・・・

心が晴れた後は、 おどけた面白い気分で一杯にしてくれる曲ならば、 

 

この曲 か、もしくは この曲

 

 

 

 

もっとタイポップスを視聴したい方は、次をクリック

 

 

 

戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見て聴くだけでタチマチ笑顔にしてしまう秀逸なをお探しなら・・・この一曲が最高!

 

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ラオスにマイカー入国!出国の日に”事件”は起こった ニュース記事に関連したブログ

2010/02/13 10:26

 

タイの警官だけが悪い訳ではない。東南アジアは皆、同じ

っていうか豊かなタイより遙かに貧しいため、もっと性質が悪い

 

先日、日本からやってきた友人と、2歳のななみ とその母親をつれてラオス・オーストラリヤ国際友好橋を渡ってノンカイからラオスに入りラオス国内をマイカーで旅行した時のことです。警官と遣り合う”一寸した事件”が起きました。

 

出国の最後の日に、ビエンチャンの市場の近くで、ほんの1分間、一時停車をしてドアを開けて直ぐ側に立ったところ、近くの警官ボックス(まあ、派出所とは似ても似つかぬ派出所もどき)から若い警官がバイクでパッと遣って来て、ここは駐車しては駄目だという。そして助手席の友人の後席に座っていたラオス語ができるタイ人(ラオス語は、文字は別にして、話し言葉に限り、チェンマイ語とほぼ同じ)に、車の輸出証明を見せろという。車の輸出証明はタイからアセアン10カ国にマイカーで出た際に、無くてはならない重要な書類です。

 

私は、タイでさんざん、警察官に『免許証を見せろ、見るだけだ』、と言われて そうすると、100%、ポケットに入れてしまい、適当な違反をこじつけて罰金を取られた経験があったので・・・

運転席側から、助手席と後ろのチャンヤーの二人に、絶対に見せてはいけない、と言ったのだが・・・それにも拘らず

チェンマイ人のチャンヤーが警官の言ったラオス語が分るだけに、『大丈夫よ!見るだけだといってるんだから』と助手席の友人に言って、グロウブボックスに入れていた証明書を勝手に見せてしまった。

 

すると案の定、といいますか、二人に言った通りのことが起こった。その若い警官は、友人が見せる為に指し出した書類を、パッとポケットにシマうや、急に威丈高になって、『そこの派出所まで付いて来い』と乱暴にいう。万事休す、何とかお金で解決しようと、タイの警官がいつもOKする位の額のお金を出したところ、そんな額では駄目、駄目といった風情で せせら笑ったようにお金を拒否した。

 

もし、この警官の言うとおりに書類を取られたまま、派出所に行くと、証明書を人質にされ、出国できなくなる可能性から、大金を巻き上げられることが目に見えていた。それで私は、

『何も違反はしていない、ここは一時停車はOKな場所だから、証明書を返してくれ』、とその男のバイクの前に両手を広げて、立ちはだかり必死に英語で抗弁した。

これ(=立ちはだかったの)は、予めその若い交通警官が (タイの交通警官と違って)、腰にピストルをもってないのを見越してのことだ。(ラオスは非常に貧しいのでピストルを携行させるのは一部の警官だけ。警官そのものの数も極端に少ない。郡部に行けば警官の姿を見たこともないほど、警官がいなかった)

 

すると只ならぬ雰囲気になって来たので、タイでは普段は、警官恐怖症のチャンヤーも一緒になって、警官の前に立ってラオス語で抗議するではないか。(註:親父がモン族出身で今でこそ親父はタイ人として帰化しているが、小さい頃から父親が警察に苛められたせいであろうか、物凄く警察を怖がり、車の運転中など、一寸した交差点を曲がる度に、『あんた、警官いるよ、カメラあるよ、3000バーツ取られてもいいのか、あんた』と、ウンザリしてしまうほどキツイ、デカイ声で私にいつも怒鳴り付けていたのだ)

 

そのうち友人までもが遣って来て、3人で一緒になって抗議。いや、チャンヤーが 2歳の ななみ も抱いて出て来ていたから、合計3人半!で抗議した、と言ったら変だろうか(笑)?

 

何しろ、ななみ は何でも母親の真似をしたがり、母親がギャーギャーと自分の思い込みで、私に怒鳴る時には、(何を言ってるのかは分らないが)ななみ も同じように口をパクパクさせて私の方を指差し、何かしら抗議しているのだが・・・

この時も、警官のほうを指差しながら抗議している積りなのか、『ウジャウジャ、ムニャムニャ』と叫んでいたのだった。

 

すると同じボックスから、そいつの上司と思われる50才くらいの警官が、様子を見にやってきた。恐らく、この男が若い警官に、あの日本人を鴨れと、命じさせたんだろう。そいつが、何が起こったのか?と様子を見にきた訳だ。

 

そのとき、私は、とっさの機転で、右後部の車輪の上のRの部分が、タイを出国する1週間前にバンコクでトラックに当てられて醜く凹んでいたのを利用しようと思いついた。場面が変わったこの機会でしか出来ない貴重な一瞬だ。

 

私は、その上司に、『一時駐車して外に出て立っていた訳は、たった今しがた、バイクが私の車の後部にぶつかったのだが、そのバイクは あっちの方へ逃げて行った。悪いのは我々じゃない、逃げた奴を捕まえてくれ』

 

するとチャンヤーはその意味を直ぐ理解して、ラオス語でハッキリとこの上司に正確に訴えた。友人も、英語で同じように訴えた。

 

上司は・・・

これじゃ、しょうがない、と観念したのか、

部下に、顎をしゃくって、車の輸出証明書をこいつ等に返してやれと、命じたのだった。

 

私は、その事件から後も、血圧が急上昇したまま。ノンカイに戻ってからも、丸半日もの間、腰椎から頚椎にかけて、ズキンズキンとひどく痛んでいた。血圧が急上昇すると、脳脊髄液にも同じ圧力が掛かるので、脊髄から頚部にかけて、ズキンズキンと激痛が走るものだが、それは、その拍動性の強い痛みの為、しばしば、立っていられなくなる程だ。今回は何としても取り返さなくては!と言う気持ちが、それを上回ったのだった

 

この”事件”のせいで、楽しかったラオス国内のマイカー縦断旅行も《一瞬だが、台無しにされた》のだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はバンコクでトラックに引っ掛けられて凹んだR。相手の保険会社は今、加入者が保険の切り替えの時期の為、一週間待ってくれと、訳の分からない理由で修理してもらえず、放置されたままだった。写真を撮ったのは、撮る事で一層の真実味を増すため・・へへへ。

目には目、歯に歯・・・てこと

 

その傷が思いがけない助け舟になろうとは・・・

やはり人生は、人間万事塞翁が馬 (にんげん万事、さいおう が 馬)ってこと。つまり・・或時の不幸がその後の幸福の原因になる

ご覧の通り、歩道の縁石の、黄と白の縞の塗り方は停車可能、駐車は禁止 を示している。右上に見えている標識も ○の中に /  となっている。駐停車禁止の場合は赤と白で、標識も、○の中に×になる  

                                           

上の二枚の撮影時は、警官の方より”事故の傷”の方を向いていたので若い警官は、気にしていなかったが・・

の最後のこの写真の時には、堂々と警官らの方を向いて撮ろうとした。すると、若い警官は、写真に写らぬように途端に後ろを向いた。身に覚えがあったからか?(鴨るために、でっち上げた訳だからやましさがある

 

抗議する我々の周囲には、10人くらいのラオス人が集まっていた。

 

註:タイでも、こんな事情は同じ。バンコクでは、鴨ろうとして免許証を取り上げた警官と私ら(今回とは違う友達)の前に、見物に集まった10数人の中の青年が、『免許証を返してやれよ』と、悪徳警官に言ってくれ、私から『2百バーツだけで良いんだ』といって集めた200バーツを警官に無理やり受け取らせて、免許証を取り戻してくれたものだ。

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我がまま一直線の、したい放題のタイ人を牛耳る奥の手。 ニュース記事に関連したブログ

2010/02/12 10:28

 

ウザいタイより○○天国の海南島が超お勧め

○○には、あらゆるアメニティ分野が該当

(地方の)タイ人はが有りすぎる田舎者?

 

長年《ウザッタイ 》タイに住みタイ人嫁をもって苦労に苦労を重ねた さる賢人の方から、貴重なコメントをいただきまして、それに応える返事を、ブログにして見ました

 

 

>タイやタイ人と関わりたくないですね。二度と。一生。
>嫁や子供がタイに帰らないで良いよう、嫁母も呼び寄せ、永遠にタイと縁を切れるようにするつもりです。

 

■良く言ってくれました。

タイ人はタイにいると、我がまま一直線!タイ人としてのヘボなプライドを余す所なく、主張します・・と言うよりも、タイ人の悪しき慣習を傲慢に押し付け、主張し、苦しめてくれます。

つまり、タイ人配偶者は
婿の日本人に対して、『郷に入らば郷に従え』の悪い版、悪い習慣版を押し付ける訳です。日本人がその先進国としての文化や優越性に基づいて、正当性を言い張った所で、多勢に無勢、馬の耳に念仏。そんなもの関係ないと・・・・


ところが、そんな彼らも、日本に来れば、立場が180度逆転して、今度は日本人配偶者の天下になるってわけですね(笑)

 

>たまにこちらのnnanami2さんのブログを拝見し、タイ人のひどさを再確認し、私のその決意を再度固めるに活用させていただいています。
>
■評価してくださり、アリガトウございます。
人間の決心とか信念などは弱いもので、10年間、あれほどタイ人に苦しめられたにも拘らず、ちょっと平和が続くと・・・たった三日で忘れてしまうもの。

 

 

>旅行に行くなら支那にでも行ったほうがマシです。

 

■私も そこが一番面白いと思います。人間が多すぎて困りますが・・

因みに、中国に長期滞在するなら、

海南島が超おすすめ

ギャランティできます。

 

中国に長期滞在する手っ取り早い方法は、漢語進習生の半年間とか1年間のコースに籍を置く事です。ぜんぜん出席とか勉強をしないでも、お金さえ払っておれば、全く大丈夫、と 海口の海南師範大学の場合は、学生課長 がハッキリ言ったそうです。

 

ところで、あなたの場合は関係ないですが、一寸 

不道徳な?海南島の悪知恵 

                           を教えます・・・


台湾出身の日本の経済評論家で金満家の丘邸漢(キュウテイカン)は次のように述べています

・・・どんな偉い地方役人も北京に行けば自分がみすぼらしい木っ端役人だったと思い知らされる。地方のどんな大金持ちも上海に行けば、自分が小金持ちに過ぎなかった事を教えられる。そして・・・
かの別天地である(特別行政区の)海南島に行けば、どんな性豪も、ただの・・・だったと ”身をもって” 思い知るだろう。

 

丘邸漢をしてそう言わしめたほど海南島は、(親友が、少なくとも5年前行った時は、間違いなく)○○天国だったと私に証言してくれましたね。ただし○○湖の回りに無数にあった○○屋は2,3割に激減していたそうですが、それでも丘邸漢の言葉通りだったと感激していました。

ただしこの島(九州ほどの大きさ)は薬物(ヘロイン、阿片、覚せい剤)の治外法権的な別天地でもあるので、要注意です。自分が知り合った女性が、実は、あなたの部屋でコッソリと、トイレで手首をゴムで縛って指の根元の血管に1cc注射器で注射していたりします(驚愕!)

 

良く言われるように、中国特に海南島では、○○屋は、特殊な店構えの散髪屋になっているそうです。またホテルに行けば5★でも、サウナ室に行くと、あなた○○は要らないかと言われて、何かなと思って案内された部屋まで付いていくと・・なんと!十数人ものお姫様から、一斉にニコニコ視線を浴びせらたので、ビックリしてスミマセンといってサウナに逃げ帰ったことがあったそうです(爆笑)

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またも出た”タイ計札” の発表、自殺で片付け ニュース記事に関連したブログ

2010/02/11 05:49

 

撮影で来ていたバンコクのホテルで、キャラダイン氏、(性器にも繋がれた)ロープで首をく締められて死んだ状態でクローゼットの中で掃除婦が発見。発表では、これが何と自殺だとさ、えっ?

 

計・殺・姦、これがタイで一番用心すべき相手です。

 

タイヤ東南アジアに住もうかなと思ったり既に住んでいる同胞に告ぐ!

知っていないと酷い目にあいますぞ。計・殺・姦を舐めると痛い目にあう。

 

平民、庶民階級が内心で最も恐れている相手。

 

もう、いつもいつも同じような自殺という後片付け法は・・あほらしくて、書く気にもならない。

 

生来が、生(なま)獣(けもの)で鯛まん(※後述)な性格。加えて、さらに 疎(そ)出(で)の舌府灰した計・札。

 

大金所持の外国人の死亡事件は殺人ではなく、毎度お馴染みの、自殺に。退職後タイヤ東南アジアで住もうかと言う人は頭に入れておこう。

 

長年住んでいたものには、100%明白に分る計札の府灰とそのいい加減な”操作法”(そうさほう)。

 

もう何度も書いてきたのでメンドクサイから、以下、1、2行ずつ方式で列挙する

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例1

ラーマ8世大橋の中央欄干(高さ100m)からロープで吊り下げられたナイロン袋入り白人生首事件=計・札の発表:ロープで首を吊るつもりが、落下時の重力で、首から下は千切れ川に落ちた、とさ。

えっ?ナイロン袋は何?絞首刑で10m下に激しく吊り落とされても千切れた例など無いっちゅうんじゃ。首の直径は20センチもあり言わば太いロープ見たいな物。首にロープを繋いで、重さ120キログラムの110ccバイク※で、時速50キロで 引っ張っても、首は千切れたりしないっちゅんじゃ。(※男の体重を120キロと仮定すると同じ重さのバイクで時速50キロで引っ張ったのと同じ

  10m落下した時の落下速度は落下距離=g×t(二乗)/2

  と落下速度=gt   t=落下時間 g=重力 より

  落下速度=√2gy=≒√200=≒14m/秒=時速50キロm

因みにロープ長さが(有り得ない事だが)、2倍の20mとしても、20m下の落下速度は√2 倍の時速70キロmで、この速度で120キロgのバイクで首を引っ張った所で、首から下が千切れることは考えられない。

 

計・札の暗ポン痰様:もうちょっと、ましなUSOをお願いします

 

例2

イサーンでイサー人の女と約束した結婚をするために全財産を持参した50過ぎの白人が来タイの後、すぐに女の家を訪れたが、夕食に出されたソムタムを食べて苦しみだし、その日のうちに死んだ事件=食中毒死だとさ、えっ?金はどうなった? 

計・札 と山”訳”ってか?

 

↑註:ラオ人の末裔のイサーン人は、タイノイ(伝統的タイ人)に差別されてきた上、土地がやせていて耕作に適さないので、昔から貧乏で知られている。よく一般論として、貧すれば貪する、というが、イサーンで、そういう例をよく見てきました(←個人的な偏見に過ぎません

 

例3

パタヤで土地を買うために大金を持って訪れた韓国人ブローカーが、泥酔して以前から囲っていたイサーン人の情婦に暴力をふるたり、暴力に怒って ふて寝した女に小便をかけたりの (悪い)韓国人がよくやる類の狼藉のあと、ホテル10階の窓から落下して死亡。

=計・札の八表(はっぴょう)では、何とまあ⇒人間として恥ずかしい振る舞いをしたと酔いから覚めて後悔し、懺悔の念から自殺だとさ、えっ?

性悪で有名だったというブローカーが?お金はどこへ?

 

ほんの一部を思い出すまま取り上げた上の例のすべては、多額のお金を持った外国人という点が共通点だ。このお金の魔力で、計・札・姦が他殺の疑いも自殺にしてしまうのかもね?しかも、そのほうが洛だし毛刈るし・・。

まことに、彼らの性に合っている。犯人を捕まえたところで1銭いや1バーツの足しにもならない。

 

小生の友人Aは、マンションの管理人(30歳のイサーンの浅黒い顔をした女)に何度も空き巣にチョコチョコと入られていたが(それまでは誰が犯人だか分らずじまい、だったのだが)、最後にかなりの大金を盗んだことからその女の仕業と発覚した。

 旅行から夜遅く帰宅すると大金や金製品が盗まれていた。

警察に届けたら、すぐ、信じられないことだが夜12時なのに捜査にきてくれ、関係者を多数呼んで供述調書を取ってくれたので感激した・・のも束の間、結末は・・・・?

 

女からアレを巻き上げたらもうお前には用は無い?

実家にでも逃げて二度とバンコクに帰ってくるな

などと言ったかどうか、それは全く分らないが・・

とどのつまりは『本人は逃亡した』に。彼女が部屋に入ったのを見たというお手伝いさんの証言などから、犯人は管理人だとほぼ断定してからも、警察や家主は女に同じ仕事を3ヶ月間も続けさせていた。

 

担当者は、警察中佐(タイ語では=シナワット)。

首相を二期務めながらクーデターで追われたアノ有名なタクシン・シナワットがアメリカに二度まで苦労して留学して法学博士号を取得し帰国後、獲得した地位が中佐。

してみると、この若くして昇進できたのは、”疎出(そで)”の”舌(した)”のアレで、できたのかも・・。いえいえ、これは全くの下品な勘ぐりに過ぎません・・

 

人づてに、スタッフが100人もいるヤリテの弁護士も雇ったのに、この方もまた、最初だけ満面の笑顔でリップサービス。安心させ、いつも大丈夫だ、大丈夫だと言うだけで、進展は二年近くなかった。

 

この国では、自分で自分を守ることが、唯一の防御策ですぞ。知っておいてほしい。

 

記事

米国人俳優がバンコクのホテルで死亡 バンコク週報より)
 
 1970年代の米国の人気テレビドラマ「燃えよ!カンフー」で主人公のカンフーの達人を演じ、一躍世界的な俳優となったデイビット・キャラダインさん(72)が6月4日、バンコク都内のホテルの1室で死亡しているのが見つかった。

 映画撮影のため数日前から英国大使館の北側に位置する高級ホテルに投宿していた。スタッフによれば、3日夜の夕食に姿を見せず、連絡も取れなかったが、高齢のため部屋で休んでいるものと思っていたという。

 翌4日、何度ノックしても返答がないため、午前10時すぎにハウスキーパーが室内に入り、半裸のキャラダインさんがクロゼット内で体を折り曲げるようにして死亡しているのを発見した。

 現地紙が伝えた警察関係筋の情報によれば、靴ひもやコードが首に巻きつけられていたという。また、ベッドに足跡が残っていたが、キャラダインさんの靴とは一致しなかったとのことだ。 

 

おまけの記事2本 ご紹介

 

バンコク週報のニュースで見てきた数え切れない無数の事件から、思いつくままに、ほんの2例だけ上げて見よう。

1. 大尉をリーダーとする9人の国境の警察官グループが数百人もの・・・・・

 

もっと見る

 タイの庶民が最も恐れるのは誰?何?

 

 

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注意:上記は客観的な事件の内容以外は、

極端な話し、 悪い勘ぐりで書いたパロディに過ぎません。

決して真実ではないのでご了承ください

 

 

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海外支援医師の会≪メ リークリスマスの会≫TOPページ ニュース記事に関連したブログ

2010/02/11 03:39

 

 

 

 

 

 

   

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初回より120日目(及び数ヶ月目)にWHOが発表した感染者数

VS

田舎に引退した一医師の解析した予測式の数値

 

 

 

 新型 イン フルエンザ対策の達人

無意味な健康観察・発熱相談センターと検疫に ...

(↑新型FUL対策の医療現場からの情報発信ブログ)

に取り上げられたのは、次の簡潔版

新型 フル:任意のX日後の総感染者数yを解析する

 

 

緊 急 投 稿 

新型 イ ンフル ンザ

スペイン風邪(4千万人死亡)と同じAH1 N1型だが・・・

本当に恐れる必要はあるか

前提条件突然変異大寒波が無い限

 

今後の月日別の 総感染者数の

正確な予測式を解析

前提条件突然変異大寒波が無い限

NEW

緊急リリース 

新型FUL は 大流行しない

根拠= 当サイトの 世界初の 数理解析 による

前提条件突然変異大寒波が無い限

 

 

                                                                                  

 タ イ 王 国・現 地 取 材 ♪体 験 的 突破 

 前  編 全9タイトル   後  編全9タイトル 

 

   隣 国 編   

                  

    隣国の大災難編

  

 

10000字 書き下ろし 大冒険譚                        

ななみ↑癒しのタイ シリーズ

チャン島南海4秘島巡り大紀行

 

 

NEW  ! ななみ冒険全8タイトル

癒しのタイ シリーズ

お耳拝借千の風に・・の秋川 雅史さんの手相 

 

 

 

NEW !   いつか 貴方も 一度は 会える

 タ イ 人   災  難

全 8 タ イ ト ル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異国にて日本を想う、日本雑感あれこれ

 NHK番組好き嫌い

ガッテン立川志の輔

早合点の医者非難

 真須美死刑囚の冤罪率!欧米なら判決は?  

英の歴史的冤罪事件(エヴァンス事件)と和歌山毒カレー事件

 男を骨抜きにするうざったい日本と女たち捨ててタイで真の男 になろう

足 利事件司法を独占する悪魔の申し子東大出はトンデモナイ馬鹿

 

 中国の北制裁反対意見は聞くに堪えない屁理屈で、口実に過ぎぬ

 

気 に な っ た 事 件

 

赤ちゃんでも分る絵と動画付き≪政権交代≫

 

気になった   国際的事件

 

日 本 雑 感 あ れ こ れ

外国で出産、日本国籍とるに代理出産の場合は?

 七転八倒の激痛に遭って知る妻子の大切さ悪妻でさえ幸福

 お先真っ暗になる前に頼れる家族を作った人は未だ賢明と言いうる

 

 

 

 

 

日 タ イ 異 文 化 交  会 ETC

第 一 回 交  会

第 二 回 交  会

第4回ナ・トーン料理店 篇

第8回 マハーチャイ 篇

第15回チャオプラヤー篇

 

 

 

 

 

 

 

 nnanami2@yahoo.co.jp 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルルン 

いつか貴方も一度は会える

 

タイの 外国人 

堂 々 の 全 13 タ イ ト ル 

 

 

               

 馬鹿な犯罪者は携帯派、それともトランシーバー派?

              

 

海 外 携 帯 ど の 国 で 買うのが得?

賢い海外携帯 購入術

香港通販や日本で買った大損害例    

 

  

★★完 璧 無 比!★★

   携帯を 生き返らせる

  

簡単で 効果抜群

ナイな  ナイスな

アイデア シリーズ

 

エッセイ ESSAY

タ イ王国、東南アジアに桃源郷は存在するか

 

                    

タ イ王国で過ごす極楽タイム 

 

 

 

伝 送 人 間 に なって

日 本 で 毎 日 仕事 しつつ 毎日 タイで

遊ぶ夢の方法 伝授

 

 

 お殿さま方、○○に ご油断 召さるな!

 ■タイ国(大国)は別の意味の○○大国!

そして

タイ王国は別の意味でも○○王国!

 

 

 

 

 

 

 

 タ イ の 歌 謡 曲 NO1

チャイナドールこと アニータ

 

亡命続くタクシンの恋人リディアの切実な歌 

 タイ歌謡の歌姫・アジャリヤの全代表曲

酒と踊りの国の

歌謡シンガー

男×1 女×1

 最愛の恋人に優る癒しの笑顔と歌は、この一発から

 美形歌手+美形ダンサー+オカマ 大集合

 

 

 

タ イ 王 国  お 国 事 情

外国人には王党派が安全

恐竜脳を思わせる争い

憂国の士が重罪になる立憲君主国

枢密院批判は君主批判と同じか?

タクシン派、首都制圧10万人

タイのイメージ挽回の真の最善の策は何? 

ASEAN首脳会議、再々延期で信用を失う 現政権

海底から大量人骨♪バンコク(天国)良いとこ一度はお出で酒は旨いしネーちゃんも綺麗

 独政府、タ ク シ ン逮捕
 

★★★

その他タイの特殊な

お国の事情 

 
   

タクシン元首相、

660万バーツもの財産を擲って奨学金基金 創設                                                          

 

タイ国の社会事情 

寝食のため刑務所志願して

性犯罪はたらく?

 一晩に同一病院に男性器切断被害者が二人も 

 後進国で我が子を

産み逃げする日本男児は人間の屑

 タイ警察またも、俳優キャラダインの死は自殺と   2続報

上の続編性器噛み裂

他の事件 

タイ人の七癖

 タイ人妻の行状の、耐えられない存在の重さ

 タイ女の短期型超肥満症候群の体型・・車で言えばミッドシップ

タイ女と一緒にいる日本人は悲劇それとも喜劇? 

 小生より10才上の同胞がオイラよりピチピチした女房を連れてた。くそっ! 

 綺麗に見える隣の芝生の真実

我が不肖の女房のレズの姉 二題

 

 

バンコクから、ほぼ日帰り圏の小旅行のご案内

ペブリのビーチ&ミャンマー国境の温泉de赤ちゃん泳ぐ 

ペッブリーの温泉×チャアムビーチdeリゾート

 泰緬鉄道沿いの二泊三日の旅で妻子孝行!(GM債権者への平等な清算により上機嫌で)

パタヤでまた外人襲われる、パタヤは外道の行く町、もっと近くて最高のビーチがある 

 タイの有数のワイナリーで有名人の顔ぶれを見た

 

 

 

 

 

             

 タ イ の 歌 謡 曲 NO2

これは面白い!完全保存版タイ演歌入篇 全4曲 

 

 

 

 

 

 

  

$ 世 界 経 済 時 評 

2.08/10/27直ぐ来て手を打たないと破産しますよとシンガポールから急電が入った

3.米3/20ボーナス法案は回復の起爆薬になるか

4.流れが変わった3/23フォードは潰れぬGM望み5割

1. 超大国ならず者国家の米国、誰が大統領でも一極体制は終焉

5.強欲労組への最後通告か脅迫か、オバマ破産付き再建勧告

6遂に出た!下層階級成りあがり オバマの借金踏み倒し

7.オバマはハゲタカ!偏狭な正義感で借金踏み倒しGMもか

8.百年に一度の新型FUL?

9.お金持ちのシロへの憎悪を隠して借金踏み倒し!オバマよGMもか

10.オバマ戦略解析:GMの命運はオバマの掌に!親心の本音分析

オバマ戦略(労組は優遇し債権者は冷遇)は陽動作戦?との当ブログの推理が大当たりかも

 

やっと来た、旧GM債権の個人保持者に対する清算通知が 

 

 

26 04 2009

下記は、ドメイン・ミスの為しばらくご迷惑をおかけします

ただし x印の 写真以外は 全部閲覧できます 

 


http://www.x-mas-society.com
Last updated: 26/02/2009 18:43:44 
 

 

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主催者のドクター
 
 
 
 
 

 

タイ人スタッフKoiのデジタル日記

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